らいおんの瓶の中

手紙を海に流すように、いろいろな感想とか。

Dance in Pride & Prejudice

It is a truth universally acknowledged, that a single man in possession of a gook fortune, must be in want of a wife (Austen, Pride and Prejudice, 1813).

  この記事で取り上げるのは、かの有名なオースティンのPride and Prejudice(『自負と偏見』あるいは『高慢と偏見』、Austen, 1813)の映画化作品、Pride & Prejudiceである。2005年にイギリスで、翌年日本でも『プライドと偏見』の邦題で公開された。
 監督は、本作が長編映画のデビュー作となったジョー・ライト、主演女優はキーラ・ナイトレイである。ジョー・ライトの作品としては、2013年3月に日本でも公開された、こちらもキーラ・ナイトレイ主演の『アンナ・カレーニナ』(Anna Karenina, 2012)などが有名だろうか。

 

 五人姉妹の母親であるミセス・ベネットの一番の関心事は、娘たちの嫁ぎ先。そんなある日、近所にあるネザフィールドの屋敷に、借り手がついたとの情報が舞い込んでくる。しかも借家人は、年収4000ポンドの独身の青年だというのだ。
 はたして次の舞踏会に現れた件のミスタ・ビングリーは、朗らかな好青年で、長女で美人のジェーンと恋に落ちる。しかし、ミスタ・ビングリーの友人ミスタ・ダーシーは高慢な態度で、誰とも踊ろうとしない。そのうえ、自分のことを「美人ではあるが、私の気を引くほどではない」と評するのを聞いた次女エリザベスは、「彼とは領地のダービシャー全てと引き換えでも踊らない」と宣言するのだが……。

 西洋絵画のような映像美に満ちたこの映画において、おそらくもっとも重要なモチーフになっているのが「ダンス」である。最初の舞踏会のとき、エリザベスはダーシーに対してこう言う――「詩は愛を死なせてしまう。愛の糧になるのは、詩ではなくダンスです」、と。

  申し込まれた女性が相手の手を取るところから、ダンスは始まる。この映画では、ダンスそのもののシーン以外でも、手のカットが印象的に使われる。
 最初の舞踏会のあと、ネザフィールドに一人招かれたジェーンは、行く途中雨に降られて、風邪を引いてしまう。母の目論見どおりネザフィールドに滞在させてもらうことになった姉を、エリザベスは歩いて見舞いに行く。最後、辞去するエリザベスが馬車に乗るとき、ダーシーはさり気なくエリザベスに手を貸す。ダーシーに反感を持つエリザベスは驚いて顔を上げるが、すでにダーシーは踵を返している。エリザベスに触れたダーシーの右手にクローズアップして、画面は暗転する。熱いものにでも触れたかのようにぱっと広げられたダーシーの手が、理知的で物怖じしないエリザベスに惹かれる彼の心情を雄弁に物語っている。
 ダーシーの手でフェードアウトする場面は、もう一つある。一度ダーシーのプロポーズを断ったエリザベスが、叔父夫婦との旅行中に、留守宅と聞いていたペンバリー館(ダーシーの屋敷)を見学していて、偶然一日早く帰宅したダーシーと再会するシーンだ。思わず逃げ出したエリザベスの後をダーシーが追いかけ、短い会話を交わすが、エリザベスは早々にその場を去ってしまう。ダーシーはそれ以上追うことができず、空っぽの手が映される。しかしその晩、彼はエリザベスの叔父夫婦に挨拶に出向き、ペンバリー館に招待するのである。プロポーズした当時の誤解が解け、エリザベスに以前の敵意がなくなっているのを見て取ったのだろう。
 クライマックス、キャサリン夫人(ダーシーの叔母)に「あなたが私の甥と結婚するという噂が立っている。そんなことは絶対にないと約束しなさい」と迫られ「そんな約束はできません」と反駁したエリザベスは、眠れぬ夜を過ごし、明け方、外に出る。そこにダーシーが現れ、もう一度、エリザベスにプロポーズする。そしてエリザベスは、ついにダーシーの手を取り、手の甲にキスをする。朝日が昇り、景色が金色に染まる。夜明けに始まる物語が、夜明けとともに結末を迎える瞬間である。

 さて、手を取って踊りの列に加われば、いよいよダンスの始まりである。この作品の中で「手」以上に重要な役割を果たすのがこの、ダンスの動き――「回転」だろう。ダンスのシーンに限らず、要所要所で、カメラは水平方向に回転する。
 映画の幕開けからして、カメラは家の中に回りこんでいく視線を映す。このカットに現れる家族それぞれの様子と、本を抱えて帰ってくるエリザベスの姿は、いわば名刺代わりとなって彼らのキャラクターを表している。
 次に回転する視線が現れるのは、ネザフィールドの居間のシーン。姉を見舞いに来たエリザベスは、ソファで本を読んでいる。ミスタ・ビングリーは別のソファに座り、ダーシーは妹に手紙を書いている。ダーシーにしきりと話しかけていたミス・ビングリー(ミスタ・ビングリーの妹)は、急に、部屋の中を一緒に歩きましょうとエリザベスに声を掛ける。二人は腕を組んで歩きだし、カメラがぐるりとその姿を追う。ここで、エリザベスとダーシーは「才能ある女性」についての意見を戦わせ、エリザベスは、ダーシーのプライドの高さについて挑戦的に言及する。青いドレスのエリザベスと、赤い光沢のあるドレスを纏ったミス・ビングリーは、外見においてもダーシーへの態度においても、好対照をなしている。「対照的な組み合わせ」というのもまた、ダンスに通じるものがある。
 この作品において最も重要な「回転」のシーンの一方は、ジェーンの回復を待って開かれたネザフィールドでの舞踏会で現れる。絶対に一緒に踊らない、と宣言していたはずのエリザベスが、突然ダーシーにダンスを申し込まれ、つい承諾してしまうのだ。それまで軽快な音楽に満ちていた広間に一転、胸騒ぎを誘うヴァイオリンの音が流れだす。踊りながらエリザベスは、「相反する噂を聞くので、あなたの性格を掴みかねている」とダーシーに言う。そして、二人が無言で踊りだしたとき、周囲から人影は消え、二人だけの世界が現れる。カメラは回転しながら、見つめ合う二人の視線を交互に映し、曲の終わりと共に現実が帰ってくる。白いドレスの女性たちと黒い礼服の男性たち、そこに時折混じる軍服の赤が、美しい色の対比をなす一幕である。
 もう一方の重要な「回転」のシーンは、舞踏会におけるものではない。変人の従兄弟ミスタ・コリンズからのプロポーズを断り、また、失恋した姉をミスタ・ビングリーのいるロンドンへ送り出したあと、エリザベスは庭で、回転するぶらんこに乗っている。そこへ親友のシャーロットが現れ、コリンズと婚約したと告げる。両親の重荷でいるよりも愛情のない結婚を選んだ友を見送って、エリザベスはぶらんこの上で物思いに耽る。このとき、カメラはエリザベスの顔と彼女自身の視線を交互に映すが、実際のエリザベスがくるくると回転しているのに比べ、彼女の目に映る世界はスローモーションとなっている。思い乱れ視点の定まらない彼女の心情が、よく表れたカメラワークである。
 結婚したシャーロットを訪問するエリザベスは、コリンズのパトロンであるキャサリン夫人の邸宅で、ダーシーに再会する。そして数日後、雨に閉ざされたあずまやで、ダーシーはエリザベスに愛を告白する。このとき、雨宿りしているエリザベスの後ろからあずまやを回りこむ形で、カメラはダーシーの視線を映す。しかし、深刻な弦楽器の響きが予言するとおり、ウィッカム(地元で知り合った美男子の士官)やジェーンに対するダーシーの仕打ちを誤解していたエリザベスは求婚を断り、結局二人は喧嘩別れとなってしまう。
 家に帰ってきたエリザベスは、姉にだけ、ダーシーと再会したことを打ち明ける。しかし、プロポーズや、彼の手紙によって解かれたダーシーへの誤解については告げず、ひっそりと涙を流して眠りにつく。閉じたエリザベスの瞼の上に、回転する炎の影が揺らめき、夢でひとり荒野に立つ彼女の姿が大きく回りこみながら映される。清水の湧き上がるようなピアノの旋律と共に、沈みきっていたエリザベスの心は再び前を向く。
 旅行に出たエリザベスは、ペンバリー館で、白亜の彫刻の並ぶ一室を見学する。まず画面に大きく映し出されるのは、ヴェールに顔を隠した乙女の像だ。ぐるりと一周その像を映したのち、カメラはエリザベスと共に部屋の中を進み、最後、ダーシーの胸像の前で立ち止まる。ご本人もこの像同様にハンサムでしょう、という言葉を、エリザベスは静かに、だがはっきりと肯定する。ヴェールに視界を遮られた乙女の姿は、偏見に目を閉ざされて愛しい人の手を拒んでしまったエリザベスを彷彿とさせる。
 その後、ダーシー兄妹と交流して楽しい時を過ごすエリザベスの許に、ジェーンから手紙が届く。喜ぶエリザベスだったが、画面は突然暗い部屋の中に変わり、彼女は顔中に衝撃をあらわにしながら、ぐるぐると歩き回っている。部屋に二度ほど出たり入ったりをくりかえしてから、エリザベスは、叔父夫婦や居合わせたダーシーに手紙の内容――妹リディアがウィッカムと駆け落ちしたという知らせを告げる。ここを最後に、回転する視線は現れなくなる。エリザベスが、もう道に迷わなくなるからだ。
 ダーシーはリディアを探し出して、ウィッカムが要求した婚礼費用を密かに用立ててやり、さらにミスタ・ビングリーをもう一度ジェーンに会わせる。ミスタ・ビングリーはジェーンにプロポーズし、愛し合う二人はようやく結ばれる。ダーシーの本当の人柄を知ったエリザベスは、キャサリン夫人に責め立てられても自分を偽ろうとはしない。そしてついに、ダーシーの手を取るのである。この時、カメラの視点は静かに定まっている。エリザベスの心が揺らがないからだ。
 以上で見てきたとおり、回転する視線は、エリザベスが心理的に揺さぶられるシーンを中心に現れる。ダーシーの「プライド」とエリザベスの「偏見」が長い遠回りをさせた恋路だったが、何度も揺らされ、試されたことで、エリザベスは絶対の確信をもって答えを選ぶことができたのだ。


 「ダンス」を軸に『プライドと偏見』の映像をふりかえってみたが、いかがだろうか。この映画は他にも、観客を魅了する音楽や美しい情景、テンポのよい展開に明快な人物造形と、たくさんの魅力に溢れている。ぜひ一度、映画の持てる美を凝縮した世界の中で、エリザベスとダーシーの物語の行方に心を躍らせてほしい。

 

 追記

この文章は、2013年秋に友人知人と出した映画批評の同人誌に載せたもの。
久しぶりに読み返してみたら案外おもしろかったので引っぱり出してきました。